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<3月22日〜>

 4月14日(土)


 本日『陸上競技マガジン』発売です。初めましての皆様は初めまして。僕もまだFAXで送られてきた分しか見てないんですが、気難しそうな顔してますおおたです<(_ _)>。

 左に今回の記事に関する専用掲示板を設けました。皆さんのいろんな意見を聞きたいです。とにかく感想をなんでもよいので、書きこんでいただければうれしゅーございます。

 思えば昨年5月。その陸上競技マガジンにて「ある短距離走者の苦悩と決断」という題でわたしのことをクローズアップしていただきました。それが太田敬介を「リストラスプリンター」として取り上げてくださった初めてのメディアだったのです。

 先日の東京オフ会でも、去年のその記事を見たのがきっかけでこのホームページを知ったっていう人が多かったです。また、今回もこの記事をきっかけにいろいろな輪が広がるといいですね。

 それで、昨日のダイアリーを書きながら思ったことがあったんです。そーいや去年の今頃も進入禁止で警察に捕まったよな〜と。あれ?去年捕まった時に書いたダイアリーもその陸マガの発売日じゃなかったっけ?と。

 なはは(笑)。偶然ですがそうなんです。去年陸マガに取り上げられた時も、その発売日に捕まって、今回も発売前日に捕まって。うーん、交通違反で捕まる→陸マガ発売→太田敬介運気向上!という流れが…。

 
 4月13日(金)

 昨日は 鹿児島県庁に行ってきたんです。NPO法人担当の方が4月で変わったのでご挨拶に行ってきたのです。

 我が家から県庁に行くまでの道のりは、ずっと海岸線沿いを走るコースで、天気のよい日、また特にこの季節は気持ちが良いのですよ。昨日の午前中はこれまた天気も良く、サングラスなんかしくさりながら、窓も全開で、上機嫌で車に乗ってたんです。

 そしたら、突然もいいとこですよ。

 警察官様が僕を見ながら、赤いスターウオーズに出てくる棒みたいなやつ(ライトセーバーでしたっけ?)で「おいでおいで」してるじゃーありませんか。

 「速度超過です。ちょっとこっちに来てください。」

 ガーン。瞬間、僕が思ったことは、

 『つちえのやろうっ!』

 世界各国でスピード違反をしている土江氏(富士通(株)陸上競技部)のスピード違反病が俺にうつったぢゃないか!と、思ったわけです。

 ちょうど右の「リストラなんでもQ&A」にて“車はゆったりゆっくり乗るものですよー”なんて書いたハナからそんなことになって。かっちょわり〜っ!

 しかも、なんか知らんが、テレビ局が取材してて、カメラをまわしてるわけですよ。

 「なんだーっ、そのカメラは、おーっ?どこの局じゃー?あー?」

 と、警視庁24時ばりにすごんでみせたりはしてないのですが(ずてっ)、

 「な、なんすか?やめてください〜。」

 と、かぼそい声で訴えたのでした。まさか、顔とか出ないですよね・・・・。罰金はイチマンニセンエンです(涙)。

 

 4月12日(木)

 うっ。やばいっ。またやってまった・…。

 昨日、10時頃仕事から帰ってきて、シャワー浴びて、それからビール片手に浜に出ていったんです。夜風に吹かれながらぼーっとビールを飲む。僕の1番の贅沢です。今まで寒かったので、やっと昨日が今期初の「浜飲み」だったんです。

 でも、やっぱちょっと寒くて、30分ぐらいで部屋に帰ってきたんですね。それからしばらくしてチャットに入ったのは覚えてるんですけど・…。僕、チャットで誰としゃべりました???。どーやって寝ましたっけ???(汗)。

 うーむ・…。おそるべし(なにがや!)。

 昨日、掲示板でも話題になっておりますが、NHKでやったカールルイスの授業の再放送を見ました。しかし、今見てもその走る姿は華麗ですね。モーリスグリーンは見てるだけで大迫力だけど、カールルイスの走りってとても静かですよね。流れるような走り。

 そして、カールルイスといえばソウルオリンピックの対ベンジョンソン戦、東京世界陸上のワールドレコードでの優勝、この2つのレースですね。昨日、ビデオで改めて見たわけですが、やっぱ大興奮です。

 今回は教室での授業だったんですけど、次回の放送は実技なんですよね。カールルイスが子供達にどう陸上を教えるのか、とっても興味があります。

 それと「週刊ポスト」見ました?。元マラソン日本代表の小鴨由美選手の告発記事。「わたしはマインドコントロールされていた(でしたっけ?)」。けっこう生々しく書いてありますよ。「強化=管理」。もうその辺は僕もいろんなところからいろんな話を聞きますが、すごいところは本当にすごいですよ。第3者から見れば「嘘だろ?」というようなことが全然普通にあってるんですよ。で、選手達はその指導者を信じきってるから一生懸命それをやってる。今回の記事にもありました「食べることへの罪悪感」。ほんと、これって怖いですよ。

 ほんとに一種のマインドコントロール、『洗脳』ですね。

 

 4月11日(水)

 松田聖子 の娘が出てる江崎グリコのCM見ました?。そっくりですよね〜!びっくり。松田聖子といえば久留米。何を隠そう僕と松田聖子、小・中と同じ学校の出身なのです。松田先輩っすよ。

 ・・・・・・。ま、それがどうした?と言われてしまえばそれまでなんですが。。。ま、興味がある方はどうぞ↓

http://www2a.biglobe.ne.jp/~seikofan/html/text/his6.html

 今日は午前中、保険を社会保険から国民健康保険に切り替えました。保険って前年の収入で決まるじゃないですか。だから昨年度は苦しかったですよ〜。なんとか持ちこたえました。

 それが終わって帰る途中に、牛丼の吉野家があったので『そーいや、今、250円だよな〜。』と思って食ったら通常料金でした。割引期間はいつの間に終わったのよ〜っ。うー、なんだか損した気分。

 さて、3時からカールルイス(←なんかカールルイスってカレーライスに似てる)のテレビを見て、夕方からCG講座です。終わって帰ってくるのが10時ぐらい。今日あたり暖かいし、久々に浜に出てゆっくりビールでも飲もうかな。

 

 4月10日(火)

 鹿児島新報の新企画。「スペシャリストの眼」というコラムが、今日から毎週火曜日スポーツ面に掲載されます。僕ともう1人野元さんというNHK鹿児島放送野球解説者の方がいらっしゃるんですが、その方と二人でしばらくの間書いていきます。

 それで本日が第1回目。今回は『企業スポーツの限界と徳洲会陸上部への期待』という題で僕が書いた文章が掲載されています。けっこう大きいですよ。これ、、、A4ではコピー入らないですよ。多分。でかでかと、まぁ・・・・。

 しかし、写真!この太田敬介の顔写真!。

 最後に「筆者」とあって僕の紹介文があるんですが、そこの顔写真。普通、笑っても「微笑み」ぐらいでしょー?。もー爆笑してる写真やないですかっ!しかも真横向いてるし・・・。政さ〜ん。頼みますよ〜。僕、真面目に書いてるんですから〜。真面目な文章の下にこのアホ面はないでしょ〜よ〜。もー。

 あっ、鹿児島の皆さん、買ってくださいっ。お近くの駅売店、もしくは鹿児島新報本社まで。

 

 4月9日(月)

 「まろ〜〜〜〜」

 って、織田裕二。緑のシャツ着て・・・。世界陸上>今年もやるんかな?。

 昨日!。買いました!。なははー。『ブルーシート』。これから始まる試合の時のSCCスペースの確保のため、もしくは15日の花見のため(笑)。でもこれからは試合のたびに『SCCスペース』ができる、つまり『プチSCCクラブハウス』ができるっちゅーわけです。タ・ノ・シ・ミ♪。差し入れ大歓迎!!。

 それと、今日の鹿児島新報に僕が書いたコラムが載るということでしたが、本日新聞休みです(笑)。明日、掲載されます。

 言っていいのかな〜。いいのかな〜。題は「企業スポーツの限界と徳洲会陸上部に期待するもの」でしゅ。これからも月1〜2回ほど書いていきます。言いたいことは山ほどあるんですが、でも、ここに書くようになーんも考えんでぽんぽん書けばいいってわけでもないんでしょーねー。でも、楽しみですっ!。明日、鹿児島新報買ってくださいねーっ!。

 

 4月7日(土)

 昨日、SCCの練習に行ったら徳洲会のみんなもいました。で、実は僕も最初間違っていたんですが、徳洲会の「洲」を「州」って書いてたんです。で、徳洲会陸上部主将の柴田も、自分のホームページで「徳洲会」を「徳州会」って書いてたんですね。それを昨日ある人につっこまれたんです。そしたら柴田、

 「え、徳洲会の「洲」ってさんずい付くんですか?」

 と、間違いではなく、知らなかったと!。僕が間違う分ならまだしも、チミ、「主将」でしょう!。大丈夫か徳洲会陸上部!

 えー話は変わって、僕、けっこう文章書くの好きなんです(ご存知の通り)。『文章書く仕事とかしたいな〜』って漠然と思っていたんですけど、ここ2,3日でそういう話が2つもあり、びっくりしています。

 1つは月曜日の鹿児島新報に「スペシャリストの眼」ということで、僕が徳洲会陸上部について書いたコラムが載ります。鹿児島の方、買ってね♪。

 

 4月6日(金)

 この前、コーヒーを飲みにいったら、そこにパソコンにカメラをとりつけて動画が撮影できるというやつがあったので、撮ってもらいました。10秒ほどですが、384KBあるので、ダウンロードに1〜2分かかります。それでもご覧になられたい方はどーぞ。太田敬介、笑っております。

-0403.mpg(384KB)-

 リアルプレーヤーはこちらから

 今日は、午前中に週刊SCCの発送作業を終え、昼、仕事の打ち合わせを1件してきて、今からSCCの練習です。天気も良くなってきたし、ばちーっと身体動かしたいですね!。

 

 4月5日(木)

 なんだか、最近、自分的にちょっと後手後手にまわっているなと、うーん、うまく言葉では言い表せないんですが、ちょっとフットワーク悪くなったんじゃないの?ということを昨日ふと感じ、これじゃいかんということで、そこからまた久々にいろんなところに電話攻撃をしました(笑)。

 で、先日ここに「21世紀新かごしま総合計画」というのが発表されたと書きましたよね。その詳細を聞きたいなと思い、県庁にも電話をしたんです。そしたら担当の方とアポが取れたので、先ほど県庁まで行ってお話をさせていただきました。その総合計画の中の一つにスポーツも入っていて、それは具体的にはどういう話なのか、また、その他いろいろお話を伺ってきたんです。

 ま、いろいろとお話を進めていく中で、担当の方がおっしゃることは、もうスポーツ振興基本法とほぼ同じようなことなんですね。

 「それは文部科学省が出したスポーツ振興基本法とは別で動いていると考えてよろしいんでしょうか?」

 と聞いたところ、

 「いや、連携はしていくつもりですが、うちはうちで立てた施策です。」

 ということなんです。どういうことかというと、スポーツ振興基本法というのがあって、それは各市町村に1つ、2010年までに総合型クラブチームを作りなさいと、そして、市は今それに関していろいろと方向を模索している段階だということをこの前書きましたよね。が、それとは別にこっちはこっちで県でもそういうことをやろうと・・・・。

 あっちでやり、こっちでやり、で、SCCはSCCでまた別で動いている、と。でも、結局目指す方向はみんないっしょなんですよ。

 「なんとかうまく連携していけないものでしょうか?。方向はいっしょじゃないですか?。」

 ということをこちらからも提案してきました。その他にもいろーんなことをお話することができました。今日は行って良かったです。いいお話ができました。やっぱ、自分から進んでコミュニケーションをとることですねー。なんつったって『スポーツ・コミュニケーション・サークル』ですから♪。

 

 4月4日(水)

 昨日(おととい?)の南日本新聞の夕刊に「わたしのスポーツ日誌」という欄に僕が登場しています。まだ手元にはないんですが、喫茶店にコーヒー飲みに行った時にそこでお店の人に見せてもらいました。

 当初、カラーでの掲載予定だったんですが、白黒でした。実はこれにはほっとしてるんです。何故か!。それはその取材の日、僕は金髪だったのですっ!。

 ま、いろいろとあって、ちょっとやってまったんですよ。で、似合わないということを自覚し、すぐに戻しましたが(笑)。だから、まぼろしの写真ですね。もう金髪にすることなんて2度とないでしょう。

 ←つーことで「リストラされる前の貴重な写真集」久々に更新しました。

 

 4月3日(火)

 昨日は、江崎学ちん(徳洲会)と鹿児島に合宿に来ている永山育美選手(デンソー)の3人で飲みにいってまいりました。『えー永山選手ってお酒なんか飲むの?〜』と思われた方・・・・。飲みますっ。

スッピンでした。顔はやめて〜だそうです。

 

 で、それは置いといて・・・・。

 飲みに行く前、待ち合わせまでちょっと時間があったんです。ぶらっと本屋に立ち寄りました。スポーツコーナーに行きました。そこで目にとまったのが「月刊陸上競技」。

 『そーいや、この前の東京オフ会の時「ゲツリク」に企業スポーツのことについての記事が載ってるだのなんだのそういう話が出たな〜』

 と思い、ぱらぱらっと見ました。読みました。で、ぱらぱらっと読んで終わろうと思ったんですが、読み進んでいくうちに、

 『こりゃ、ぱらぱらどころじゃないな・・・・』

 と思い、レジまで持っていき、購入しました。今、手元にあります。

 うーむ・・・・。とりあえず、何から書いてよいのが分からないぐらいショックです。露木さん、大平さん、いっしょにシンガポールに行ったことがあります。

 この記事全体を見て、とりあえず、実業団連盟として何が言いたいのか。今の休・廃部はたいした問題じゃない。実業団登録もさして減ってないし、これからも企業スポーツだよ、と。

 胸が痛いです。特に最後の、

「心配なのは『企業スポーツの時代はもう終わりだ』という世論を起こしている一部の自称専門家、マスコミの無責任とも思える発言です。『これからはクラブ制度が主流だ』というが、その資金は誰が出すのか。赤字を抱えた自治体は頼りにならないし、大金持ちの道楽も期待できないとすれば、どこから資金を捻出するつもりなのか。クラブ会員の会費程度ではとてもおぼつかないと思います。」

 という文章。もろ、僕に言ってるように聞こえますが。もー反論するのもばかばかしい。

 何事もそうです。常に問題意識を持ちましょう。世は変革の時期です。守る部分も確かに大事です。でも「実業団連盟がうんぬん」ではなく、もっともっと大きな視点からこの問題を見てください。子供達の体力低下・部活動の限界・丸抱えの企業スポーツの限界・陸上をやりたくてもやれない人達がたくさんいる・成人病、肥満が増えている・これからの高齢化社会、高額な医療費を減らすためには日本人がもっともっと健康にならないといけない・・・・。

 どうすればいいですか?。この問題に皆はどう取り組みますか?。この問題と今の企業スポーツの問題は無関係ですか?。

 

 4月2日(月)

 なんか、天気も良くて“4月”って感じです。

 昨日、鹿児島市が発行している『市民フォト鹿児島』の4月号が発行されました。

 それを読み進めていくと、前半に鹿児島市長へのインタビューというのがあって、そのページをめくると、鹿児島市長の写真の裏側には・・・・・↓

 あはは(冷汗)・・・・。鼻毛出てなかったです。実物はA4サイズ。アップきつっっ!!!

 春のうららかな気持ちを一発で吹き飛ばしてくれるこの記事を読みたいという方は、鹿児島市役所や鹿児島市内の大きな病院に置いてあるそうです。ご覧ください。週刊SCCには後日コピーを添付します。

 

 4月1日(日)

 3月31日の南日本新聞の朝刊に、SCCと徳洲会陸上部のことをからめた記事が出ています。ご覧ください。週刊SCCには後日添付いたします。

 昨日の夜、ぼーっとテレビを見てたら、元スピードの子がCMに出てました。スピードといえば、そう、解散したのが去年の3月31日。城山観光陸上部がなくなったのも去年の3月31日。昨日はスピードと城山観光陸上部の命日だったのです。

 黙祷・・・アーメン。

 昨日はSCCの練習日でした。ちょっと肌寒かったんですが、天気も良く、しかも、他の団体もいなかったので、ほぼSCC専用で練習をしていたら・・・・・。

 遠くからやけに声のでかい、サングラスをかけたやくざ風の男性が歩いてくるではないですか、、、、

 『あ、あの威圧感、、、ま、まさかーっ!!』

 ダ、ダ〜〜〜ンッ!!!

 そこに現れたのは、デンソー(元京セラ)永田監督。鹿児島で合宿をやるということは聞いていたんですが、いきなりグランドで顔をあわすとは、、

 「か、かんとく〜。ご無沙汰しておりますっ(いきなり低姿勢)。」

 「おっ、おーっ。おおたーっ。おまえ、なんかがんばってるみたいだなーっ。あーっ?」

 ということで(笑)、5、6分でしたが、いろいろとそこでお話をさせて頂くことができました。監督も京セラ陸上部が京都移転ということになった時は、それはそれはたいへんな思いをされたわけですし、そういった企業スポーツの限界、またこれからどうあるべきかとか、一言持ってある方です。素晴らしいお話を聞くことができました。

 で、その後、永山育美選手もグランドに現れ、これまたいろいろと話をしました。元気そーで何よりです。

 

3月30日(金)
 

 えーーーと、、、ようやく、このことをこのホームページでお話する時がきました。今日の僕のダイアリーに注目してる人もけっこういると思います(笑)。

 本日の南日本新聞朝刊をご覧になられた鹿児島の方はもうお分かりかと思いますが、特定医療法人「T洲会」が4月1日より鹿児島を拠点とした短距離中心の陸上部を発足させます。

 選手達はすでに集まって練習しており、正式入社したのかどうかは分かりませんが、現在、研修期間中です。

 監督にM崎博史。主将がS田剛。選手はその他、E崎学、W辺雅弘、ここまでが元城山観光勢、その他にも5名、計9名でスタートします。

 知ってる人は知ってるんですが、昨年の夏から、この話は持ち上がってました。形としては元城山観光勢が4名いますが、城山観光陸上部をT洲会がそのまま受けついたというわけではなく、T洲会がM崎博史を監督として陸上部を作る、では、選手を選べ、と、そういった形でした。だから、その辺ちょっと微妙です。僕、U野元気、T山崇裕の3人が徳州会陸上部にいないのは、皆、それぞれそれなりに訳があるわけです。

 ま、いろいろとあったんですよ(笑)。うーん、僕は福岡県久留米の出身、大学は東京、知り合いも一人もいないこの街で、ゼロからやってきたわけですが、ずっと、M崎博史という男を頼ってた部分もあるし、後ろ姿を見てきたわけです。

 このホームページをずっと見てこられた方はお分かりかと思いますが、昨年の夏に僕は自らM崎監督と連絡をとって、話をする時間を作っていただきました。あの時、僕は自立したんです。M崎博史の後ろ姿を見るのをやめ、別の方向を見た瞬間だったということです。そう、このホームページの名前が「リストラスプリンターズ」から「リストラスプリンター」になった時。

 とはいえ、同じ鹿児島の陸上界にいるわけですし、練習場所も同じ鴨池です。道は違えど、M崎博史と太田敬介、また徳州会陸上部とSCCは、これからもお互い支え合って、共存していくべきです。

 全国的に企業運動部というものが衰退していく中で、今、新たに企業運動部ができました。どちらかというと「マイナースポーツ」です。医療法人といった法人がどういう組織なのかは分かりませんし、今後、どういうふうに展開していくのか、僕には分かりませんが、僕は横で静観させていただきたいと思います。

 徳洲会に行った選手の皆、がんばって。本当に自分のためにがんばって。そして、SCCをよろしく!。

 

 3月29日(木)

 行ってまいりました。二宮清純さんの講演に。鹿児島市主催の「新社会人を励ますつどい」という会の中で『チームワーク・チームプレーの素晴らしさ』という演題で1時間半ほどお話をされました。

 ま、もちろん僕は「新社会人」というものではないし、どっちかというと、社会からはじかれてしまった人間なので(笑)、この会場に入る資格など何もなかったんですが、ちょいと裏の手を使って、こそこそっと入りました((つっても、担当の方が中央大学OBだったのでばればれだったんですが!))。

 ま、フリーランスで仕事をやられている二宮さんが「チームワーク」だとか「チームプレー」だとかそういったことをどうお話するのかな、と思っていましたが、いきなり冒頭で、

 「僕がチームプレーだとかチームワークについて語るなど、おかしな話なんですが(笑)」

 と、ご本人もおっしゃってました。

 でも、さすがに講演の内容はおもしろかったですよ。ま、あくまでも新社会人へ向けてのメッセージということで、そのスポーツに対するつっこんだ話とかはなかったんですが、とても勉強になりました。

 そして、講演が終わって10分間だけインタビューの時間があるということで、あつかましくも同席させていただきました。ま、僕は立場上ほとんどお話できなかったんですが、唯一、名刺交換をした時に、

 「なーんか似たような会社の名前だねー。」

 という会話を交わすことができました。というのも二宮さんの会社の名前が「株式会社スポーツコミュニケーションズ」なんですね(笑)。

 お話できたのはそれだけです。でも、ほんと、お会いできただけでも良かったです。

 

 3月28日(水)

 先日、「週刊ポスト」の記者の方とお会いする機会があったんっですが、その時に「清原との裁判が負けそうなんですよね〜」っておっしゃってたんです。やはり負けたみたいですね。

 今日は、昼からスポーツジャーナリストの二宮清純さんとお会いしてきます(裏の手を使うので、あまり堂々とは言えないんですが・・・・)。前々から1度お会いしたいな、とは思っていたんですが、こんなに早く実現するとは。

 で、お会いする前に、一応、自分が今まで載った新聞・雑誌の記事を持っていこうと、近くのコンビニまでコピーを取りにいったんです。

 そして、その帰り、浜に寄ったんですよ。ぽかぽか陽気で天気もいいし、海がきらきら光ってて、潮風も気持ちいいし。ぼけーーーっと。

 そしたら、またいるか軍団現れました。ここに引っ越してきて1年ぐらいになるんですが、たまーに見ることができるんですよ。ほんと、50Mぐらい向こうを10頭ぐらいの群れになって泳いでるんですね。

 いつもはゆったり、背ビレが見え隠れしながら泳いでるのが見える程度なんですが、今日はいるかもご機嫌なのか、じゃっぷんじゃっぷん跳ねてるんですよ。もーそれはそれは美しかったですよ・・・・。

 

 3月27日(火) パート2

 いやいやいや・・・・。もー、ほんまに。

 今日、来年度の登録ということで鹿児島県陸上競技協会に行ってきたんです。で、今年もよろしくお願いいたします、と、その他にもいろんなことを聞いたりしてたんです。その中で、

 「やっぱ、高校生とかは高校総体県予選とか出れないんですよねー?」

 と聞くと、

 「高校生は必ず高体連、中学生は中体連を通して登録をせんと、試合には全部出れんぞ。」

 と、言われたのです。

 「へっ????。そりゃ、まー、もちろん高体連は高校部活動の集まりですから、高体連主催の試合に部活動に所属していない選手が出れないというのは理屈として分かりますが、その他の記録会や鹿児島県選手権とかも出場できないんですか?」

 「うん。」

 ガーーーン。と同時にふつふつと沸いてくる怒り。部活動に所属していないというだけで、全ての試合に出場できないとは、それはどーーーーーー考えてもおかしーんじゃないの?と。

 「形だけでも部活動に登録すれば?」

 って、それが嫌だからうちに来てるんだっつーのに分かっちゃいない。

 もー帰ってきて電話。電話しまくり。鹿児島市教育委員会、鹿児島県高体連、鹿児島市中体連。どこに電話してもあいまいな返事しかもらえない。

 むむむ、、、。うー、こーなったら日本陸連に直談判だっ!と思い、

 「あの〜鹿児島のSCCというクラブチームの太田と申しますが・・・・。」

 「はいはい、つちえからたまに名前は聞いております。」

 ((おー、つちえと友達で良かった〜))

 で、かくかくしかじか、説明をしました。

 「クラブチーム名で登録はできますよ。ただ、高校総体とか中体連に出れないというだけであって、その他の県選手権だとかそういった大会への出場は規則上なんの問題もありません。実際、ジュニアオリンピックにクラブチーム名で出てる方もいらっしゃいます。」

 と。な〜〜〜んだ。もーーー鹿児島陸協!(怒)。で、改めて鹿児島陸協に電話して、もう一度説明をして、高校生に関しても「二重登録」ということではなく、SCCというチーム所属ということにいたしますので、よろしくお願いします、と話をしました。

 でも、まだ「ゼッケン」がどうのこうの言ってましたが(笑)。でも、そりゃそーでしょー。部活動に所属してないっつーだけで、なんで全ての試合への出場が不可能になるのよ。どー考えてもおかしな話ですよね。でも、どー考えてもおかしいってことが、世の中けっこうまかり通ったりもしてるし(笑)。

 でも、なんだ。最初っから日本陸連に電話すれば良かった。ばたばたして損しちった♪。

 

 3月27日(火)

 は、は、阪神のユニフォームがーっ!!。

 ・・・・・・・・。

 あるスポーツクラブの支配人という方がいらっしゃいます。実はその昔、日本トライアスロン界ではトップクラスだったというお方なんですが、またこの方が素晴らしい人格者で、僕も去年城山を辞めて以来、何度も相談にのっていただいたりして、非常にお世話になったんですが、今度、鹿児島を離れて、また他のとこに行くということで、先日、お別れ会がてら飲みに行ったんです。

 で、いろいろな話をする中で「今日は県庁で会議だったんだー」っていう話になったんですね。僕が「何の会議だったんですか?」と聞くと、

 「健康かごしま21プランといって、今後10年間で子供から高齢者まで生涯を通じた健康づくりを進めるというものがあって〜〜〜、、、」

 どっかで聞いたことあるな〜と思いません?。そうです、スポーツ振興基本法とそっくりじゃないですか。僕が、

 「それは文部科学省のスポーツ振興基本法とは別ですすんでいることなんですか?」

 と聞くと、

 「うん。これは、国土交通省のほうの管轄じゃないかな?。文部科学省はスポーツだけでしょう。これは生活全般のことだから。その中でスポーツの分野の意見を述べにいったのよ。」

 「ほー、、、別、、、なんですねー。スポーツって全てが文部科学省じゃないんですね。」

 「そう。また“働く人のスポーツ”ってとこになるとまた管轄が違うんだよ。」

 「へ!。そーなんですか。」

 間違っていたらすみません!。飲んだのが先週の木曜日だったので、うろ覚えですが、上のような会話をしたのでした。

 そーいえば、先日の鹿児島大学の武隈先生の話の中でも、

 「その昔、日本の障害者スポーツってめちゃめちゃ遅れていた。」

 と。それは何故か。同じスポーツでも障害者スポーツだけ管轄が違ったらしいのです。だから、旧文部省は障害者スポーツには手が出せなかったらしいんですね。

 うーーーむ・・・・。

 やっぱ「スポーツ」は独立させましょうよ。あっちでこっちでってなってるんじゃないですか?。

 考えてみましょう。日本はやがて高齢化社会になります。莫大な医療費は誰が負担するんだと。元気なお年寄りを増やせばいいんじゃないですか?。それには「スポーツ」です。青少年の体力が落ちてます。体力をつけるには「スポーツ」ですよ。肥満、成人病が増えてます。これを防ぐには「スポーツ」ですよ。

 やっぱ「スポーツ省」作りましょうよ。真剣にスポーツ文化を日本で浸透させましょうよ。真剣にっ!。

 

 3月26日(月)

 昨日の日記の続きではないんですが、季節の変わり目、年度末。そう!『確定申告』。こりゃまた初体験。訳分かんね〜!

 実は、3月15日が申告の期限だったらしいんです。とはいっても納税は国民の義務。遅れてでもきちんとしないと、こりゃ『脱税』という立派な犯罪。分からんくてもやらなあかんっ!ってことで、アサイチで税務署に電話しました。

「あー、もしもし、吉野町の太田と申します。えー、昨年4月に会社を辞めまして、えー、それから、あー、スポーツ団体を作って、それはNPO法人申請認可中で、、、うー、また、12月にも個人事業として事業を始めまして、で、確定申告をしなくてはいけないんですが、ま、非常にばたばたしておりまして、えー、この時期になってしまったんですが、いかんせん、初めてのことで、全く分からないんですが、えー、、、」

「とにかく、税務署来て下さい!ガチャッ!」

 ということで、訳分からないまま行ってきました(笑)。

 でも、訳が分からないとはいえど、とにかくお金の出入りだけはしっかりしないといけないということは、周りからも常々言われていたので、帳簿だけはしっかりつけていました。ので、税務署に行くと、担当の人がぱっぱっとやってくれました♪。

 前の会社の源泉徴収書とか、社会保険の領収書とか、そういういくつか足りないものがあったので、それから前の会社行ったり、社会保険事務所行ったりして、必要な書類をそろえて、先ほど丸1日かけて初の確定申告を終えることができました。

 やれやれひと段落といった感じです。でも、これからもこんなんばちーっとやらないといかんのですなー。たいへん♪

 

 3月25日(日)

 季節の変わり目、年度末・・・・。7月に立ち上げたSCCも9ヶ月がたち、今まではどんどん会員が増える一方だったんですが、出会いがあれば、別れが来る。昨日、おとといの練習でも3人が「今日で最後・・・」ということでした。昨日は練習が終わって、その中の1人の送別会をということで、そのまま我が家で飲みました。

 ちょ、ちょっと画質落とし過ぎ?。

 昨日は12人ぐらい集まったのかな?。しかし、みんなよー飲みます。

 でも、皆さんすみません!。何も言わずに寝てしまって。そうなんですよ。僕は例のごとく、飲んだら眠くなってしまうということで、1人でさっさと寝てしまったんですよ。で、朝起きたらみんな帰った後で誰もいない、と(笑)。だ、誰が泊まっていったと?。

 3月24日(土)

 ISHIROさんがRRC(リクルートランニングクラブ)について書いた記事が、今日の毎日新聞の朝刊に掲載されています。また(!)、中部より北でしか読めないということなので、手に入る方はどうぞご覧下さい。

 それでは、前回の続きですね。『太田敬介金監督に会う&久々の東京で大興奮:対談が終わった翌日編』です。

 翌日は、リクルートランニングクラブが活動している千葉県佐倉市に行ってまいりました。

 千葉県佐倉市。「リクルート」と「積水化学」という日本でも超ビッグな2つの陸上部がある街。しかしそのたたずまいは拍子抜けするほどひっそりとしていました。この日はほんとに天気も良く、町全体がとてものんびりしているようなそんな雰囲気を感じました。

 さて問題。この建物はなんでしょう?

 答え。リクルートランニングクラブのクラブハウスです。僕は、金監督に「クラブハウスに来て」と言われた時、正直、高校の時の部活動の部室みたいなものを想像してたので(貧弱な想像)、建物を見た時は、もー腰を抜かさんばかりの驚きでした。全部を見て周ったわけではないのですが、この外観からしてすご過ぎる!。

 金哲彦監督です。この日はまたさらにさらーに熱いお話を伺いました。このような機会を設けていただきまして、本当に本当に有難うございました。これからも、陸上界の、いや、日本のスポーツ界の抱える問題に、臆することなく意見を述べ、また、がんがんぶち当たっていきましょう!

 そして!夜は新宿住友ビル50階「くう」にて、「関東オフ会」を開催いたしました。こ、この新宿の夜景!。もーめろめろ♪

 総勢13名の参加となりました。なかなか1人1人とゆっくりお話することはできなかったんですが、ずーーっとネット上でのお付き合いしかなかった方々と会えたことはとても嬉しかったです。また、これからも何卒よろしくお願いいたします。僕抜きで第2回をという声もあがっているようですが、、、どうぞ、僕に気を使うことなく、やってまってください(涙)。

 今回、唯一の僕の写真。くがさんが撮ってくれたんだっけ?。上機嫌です。横は○井くんです。しょーすけとキャラかぶってます(笑)。

 はい。○田くんです。2次会で逝ってしまいました(笑)。よほどこのオフ会が楽しみだったらしく、待ち合わせの1時間も前から来ていたそうです(笑)。日本酒大好きで、ぎゃんぎゃん飲んでました。

 明け方5時まで飲んでました(笑)。みんなほんまタフですわ。

 とゆーことで、この後、また千葉まで戻り、ホテルをチェックアウトして、ふらふらになりながら羽田までたどり着き、夕方、鹿児島へ戻ってまいりました。

 本当に、陸上の未来を熱く熱く語ってくださりました金監督、このような機会を与えていただき、心より感謝申し上げます。

 それと、オフ会の幹事をやってくださいましたISHIROさん。おかげさまでとーーっても楽しい夜を過ごすことができました。心より感謝申し上げます。

 本当に皆さん、これもひとつの「縁」です。これからも大事に、末長いおつきあいのほど、よろしくお願い致します<(_ _)>。

 

 3月23日(金)

 昨日の続きの写真はまた明日にとっといて、今日は何の日でしょう????

 ・・・・・・・・・・・・。

 そう、今日は3月23日、“あの日”から、ちょうど1年です。このリストラダイアリーも丸1年書きつづけてきたわけですね。

 うーん、丸1年かー。。。

 去年の3月に入るか入らないかぐらいの時でした。「陸上部が危ないらしい」っていう噂が入ってきたのが。チームとしても全日本実業団の400Mリレーの3連覇、日本選手権リレーも3位、2位ときて、今年は優勝!、個人としてもオリンピックイヤーということで、それぞれが充実した冬季練習を終え「さて、シーズンインだ!」と意気込んでいた矢先のことでした。

 『な、なんのこっちゃ』と、皆訳が分からず、おろおろしていると、3月半ばぐらいからその動きが慌しくなり、そして、3月23日、陸上部長と最後の話し合いに行くと言ってた宮崎さんに、昼過ぎ僕から内線電話を入れました。

 「宮崎さん、どうでした?。」

 「休部が決まってしまった・・・。」

 頭の中が真っ白になって。慌てて、宮崎さんのとこにかけつけました。宮崎さんの顔を見ると、涙がぶわーーーっとあふれてきて、もーとまりませんでした。そして、各部署からみんなが集まってきて、みんなが集まったところで、正式に宮崎さんの口から、

 「3月いっぱいをもって、城山観光陸上部は休部となります。事実上の廃部です。4月からはみんな一般社員として働いてもらう。辞めるものは引きとめない、とのことだ。みんなを誘ったのは俺なのに、力足らずで申し訳ない。」

 といって手をついて僕らに誤りました。ほんっとにみんな号泣でした。

 ほんとに、辛かったですね。今、書いててもちょびっとだけうるうるモードに入ってしまいますが(笑)。

 でも、ほんとにありきたりの言葉ですが、それがあったからこその今の僕だし、いろーんな人と出会うことができたし、辛かったけど、しっかり「糧」にできたと思います。

 皆さん、ゲームセンターに行って、簡単にクリアーできるゲームってやりませんよね。なかなか簡単にはクリアーできないゲームって面白いし、金を払ってでも、そのゲームをやりたがるわけですね。思い通りにならないからこそ、面白いんですよ。人間は本来そういうことが好きなんですよね。思い通りにならない人生を楽しむ、最高に面白いことだと思います。

 1周年を記念して(?)、ちょびっとだけ、人生を振り返ってみました!。

 

 3月22日(木)

 さすがに今朝は早起きできませんでした(笑)。それではさっそく『太田敬介金監督に会う&久々の東京で大興奮』の巻きです。

 羽田空港について、まず向かったとこがここ。そう。東京都日野市「南平駅」です。中央大学南平寮があるところですね。ここに来るのに、間違って南平駅にとまらない電車に乗ってしまうなど、思いっきり“おのぼりさん”してしまいましたが(笑)、ようやくたどり着きました。いや〜、懐かしい〜。。。

 改札をあがったところです。

 奥には「ダイクマ」が見えます。横にはマクドナルドも!。4年ぶりぐらいの南平だったんですが、変わってました〜。

 で、僕が南平に来たのは、ここ「裕輝鮨」に来るためだったんです。僕が大学時代3年間バイトしたお店です。ここのマスターとママさんと会うために来ました。

 昔は、中大陸上部の学生なら、みーーんなここに集まってきてたんです。箱根駅伝の“たすき”なんて、普通手に入らないですよ。ここのマスターとママさんはそのくらいみんなに慕われたんですね。もっとも最近では、学生との交流もなかなか少なくなってしまったということでしたが。もし、お近くにお住まいの方は、1度足をお運びください。東京南平の裕輝鮨です。

 そして、南平から千葉までぶっ飛んで、今回の旅の主旨であります「リクルートランニングクラブ金監督との対談」が夜の7時から始まりました。左が金監督。中央が陸上競技マガジン樋口編集長、右が毎日新聞石井記者(ご存知“ISHIRO”さん)です。

 金監督のクラブチーム作りの構想、また、日本陸上界が抱えるいろいろな問題点、約3時間半ほどの対談でしたがあっという間でした。

 えー、本当に越えなければならない壁がたくさんあること、再認識いたしました。金監督の構想も、非常に綿密に細かくプランを練り上げられていて、すごいです。圧倒されました。素晴らしいです。

 と、いうことで、もうお分かりだと思いますが、そうなんです。この対談の内容が、4月14日(でしたっけ?)発売の陸上競技マガジンに特集記事となる予定です。詳しい内容はそこでお読みになられてください。買って!!

 ということで、対談もあっという間に終わり、この後、金監督と僕は二人っきりで千葉のあやしい夜の街へと消えていったのでした。

つづく

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