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歩くということ

 NPO法人SCC(スポーツコミュニケーションサークル)は、3歳から71歳まで幅広い世代の会員が所属をする「多世代型陸上競技クラブチーム」。 今から4年前、私が所属していた実業団陸上部が休部となり、学校や企業に依存しきってきた日本のスポーツシステムに限界を感じた。新しい風を吹きこもうと2000年7月に会員3名からスタート。現在では230名を超える会員と約20名のスタッフで運営を行っている。

 「スポーツ」「運動」というテーマでこの原稿を書こうと思っていた頃、某テレビ局が「ユーレイ指」というタイトルの番組を放送した。ちょうど来客中で内容に関してはうろ覚えなのだが、要は、立った姿勢で「足の指」に重心がかかっている人が少ない。足の指の機能が低下しているということだった。

 我々ヒトは数百万年前「直立二足歩行」を手に入れた。猿から人への進化の過程において、ヒトは2本足を使って歩くことを覚えた。はだしで大地に立ち、足の裏から刺激を受け進化を遂げてきた。

 もうすぐ2歳になる息子がいる。最初は寝返りも打てなかったのが、首がすわり、掴まり立ちをし、そして歩く。歩き出すようになると、顔つきも変わり、言葉も出るようになった。まるでヒトの進化の過程を見ているよう。

 ヒトは、進化の過程においても、また生きる過程においても「ようやく」歩けるようになる。 ところが、そのことへの「感謝の気持ち」を忘れてはいないだろうか。 安易に便利さを求め、歩かずに済むような社会を作りあげている。これはヒトの進化なのか、それとも退化なのか。

 毎年、体育の日に、文部科学省が「体力・運動能力調査結果」を発表する。我々日本人の体力がどういうレベルにあるかを調査したものだが、ご存知の通り、それは毎年低下している。特に子供の体力が昭和60年頃から下がりっぱなしだ。

 先日、スポーツ研究を行うシンクタンクに勤める方から面白い話を伺った。

「子供達の体力が落ちているという話はいろんなところで聞きます。それに加え最近また新しいデータが出ました。 今、体力が落ちているのは、都会の子ではなく、田舎の子たちなのです。都会の子供たちは通学でバスや電車を乗り継ぐことでけっこう歩行数が上がっていますが、田舎の子供たちはどこへ行くのにも親が全部車で送り迎えをするので、極端に歩行数が少なくなっています。体力がどんどん落ちているのは田舎の子供たちなのです。」

  子供の体力低下はいわゆる「都会のもやしっ子」だけの問題ではないということ。この鹿児島の未来の担う子供たちも体力がどんどん低下している。それは、送り迎えをしている親のせいであり、車でどこへでも行けてしまう社会を、また子供1人では安心して歩けなくなった社会を作りあげてきた、我々大人の責任なのだ。

 本能は知っている。皆、自分が歩かないといけないということを。日本人が取り組んでいるスポーツの第1位はウォーキング。その人口は年々増加している。我々人間は2本足で立ち、歩くことにより進化し、これからも進化し続けるためにはもっと歩かないといけない。それなのに、歩かずにすむ社会、安心して歩けない社会を作り、子供達の体力が落ちていくのを分かっていながら黙って見ている。

 ヒトが初めて2本の足で立った時、息子が小さな2本の足を震わせ、初めて立った時、その景色はどう見えたのだろう。 足の裏で地面を踏みしめ、2本の足で立つ。これは、本来我々1人1人が社会の中で持つべき「自立」という基本精神そのものでもある。 歩く機会を奪っていく社会に警笛を鳴らす。

NPO法人SCC 理事長 太田敬介